ウイスキー好き必見!国内蒸留所を巡る旅に出ましょう!

こんにちは、TRAVELERS SHOWです。

みなさま、ウイスキーはお好きでしょうか?

TRAVELERS SHOW

私はお酒が好きで、特に根っからのウイスキー好きです!

お酒を好きな方が現地まで行ってお酒を楽しむことは、ウイスキーに限らずありますよね。

今回は日本にあるウイスキー蒸留所を巡る旅行をご紹介できればと思います。

※現在、コロナウイルスの影響で見学が休止されているところがありますので、詳しくは各蒸留所にお問い合わせください。

日本国内の蒸留所

まずは日本の蒸留所をご紹介していきます。

サントリー白州蒸溜所

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白州蒸留所は、日本有数の名水地である“白州”の地にあります。日本で初めてウイスキーづくりを始めてからちょうど50年を迎えた1973年、ついにサントリー第2のモルトウイスキー蒸溜所が開設されました。

長い年月をかけて、南アルプスの山々をくぐり抜けてきた地下天然水は、ほどよいミネラルを含むキレの良い軟水で、この水で仕込まれた原酒は軽快で穏やかな味わいを持ちます。

白州蒸溜所におけるウイスキーづくりの特長は、世界にも類を見ない多彩な原酒のつくり分けにあります。
発酵工程では、保温性に優れた木桶発酵槽にこだわり、蒸溜所内に棲みつく乳酸菌などの微生物の働きによって、白州ならではの独特な風味を生みだしています。

サントリー山崎蒸溜所

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サントリーの創業者 鳥井信治郎は、「日本人の繊細な味覚にあった、 日本のウイスキーをつくりたい」という熱い想いを持ち、ウイスキーづくりを決意しました。

京都の南西、天王山の麓、山崎。
信治郎はウイスキーづくりにおいて重要な“良質な水”と“自然環境”にこだわり、数ある候補地の中からこの山崎の地を選びました。

その決意が、当時、誰も手をつけなかった本格的な国産ウイスキーづくりという難事業に向かわせました。 周囲の反対を説き伏せ、ウイスキーづくりに乗り出したこの男の大胆な挑戦から、サントリーウイスキー、そしてジャパニーズウイスキーの歴史は幕を開けます。

万葉の歌にも詠まれるほどの名水の里として知られる山崎蒸溜所周辺には、環境省が選定した日本名水百選にも選ばれる「離宮の水」が今もこんこんと湧き出しています。
山崎蒸溜所では、幾年もの時間をかけて育まれた、清らかで良質な地下水を仕込水として使用しています。

また、周囲を豊かな自然に抱かれ、桂川、宇治川、木津川が合流する独特の地形は湿度が高くウイスキーの熟成に最適な湿潤な環境であり、 まさに、山崎の地はウイスキーづくりの理想郷といえます。

余市蒸溜所

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“日本のウイスキーの父”と呼ばれるニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝。自身のウイスキーづくりの理想郷を求め、たどり着いた場所。それが、北海道・余市です。

竹鶴政孝は、スコットランドに似た冷涼で湿潤な気候、豊かな水源と凛と澄んだ空気がそろった場所こそが、理想のウイスキーづくりには欠かせないと考え、さまざまな候補地の中から小樽の西、積丹半島の付根に位置する余市を選びました。モルトウイスキーの原料である大麦や、スモーキーなフレーバーを加えるためのピート(草炭)が豊富であることも好条件でした。

当時の余市は民家もほとんどなく、ただ雑草と土塊に覆われた湿原が続く寂しい土地。しかし、竹鶴の目は、この海風が吹く原野こそウイスキーづくりに理想的な場所であると見抜いていたのです。

1934年、ニッカウヰスキーの前身である大日本果汁株式会社が余市に設立されました。それから2年後、余市蒸溜所のポットスチルの炉に石炭がくべられ、ニッカウヰスキーの記念すべきウイスキーづくりの第一歩が刻まれたのです。

単身スコットランドへ渡り、不屈の情熱で修行を重ねた竹鶴政孝。彼が最初の蒸溜所で目指したのは、重厚で力強いモルトウイスキーでした。本場の蒸溜所で学んだウイスキーづくりの手法を、一切の妥協を許さずそのまま再現することにこだわりました。

そのこだわりの象徴が「石炭直火蒸溜」です。竹鶴は自らが学んだロングモーン蒸溜所の方式にならい、この蒸溜方式を採用しました。適切な火力が保たれるように石炭をくべ続けるには熟練の職人の技が必要となるため、現在ではスコットランドでも珍しくなっています。しかし、余市蒸溜所では余市モルトの重厚でコクのある味わいや香ばしさを生み出すために、あえてこの伝統の技を守り続けているのです。

本物のウイスキーをつくるために必要なことであれば、たとえそれが非効率的であっても守り抜いていく。そんなニッカウヰスキーの原点とも言える情熱と竹鶴政孝の夢への想いが、余市蒸溜所で働く人々の胸に燃え続けています。

宮城峡蒸溜所

北海道・余市で第一の蒸溜所をスタートさせてから、約30年。竹鶴政孝は、新しい蒸溜所建設の地を求めて動き始めました。「異なる蒸溜所で生まれた複数の原酒をブレンドすることで、ウイスキーはより味わい深く豊かになる」という信念を抱く竹鶴にとって、第二の蒸溜所は夢を実現するためにどうしても必要なものだったのです。

その頃、ニッカウヰスキーは日本で初めてモルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドした「ハイニッカ」を発売し、ウイスキーブームを巻き起こしていました。日本にウイスキー文化が浸透しつつある状況も、第二の蒸溜所づくりへの気運を高めました。

当時の北海道工場長・竹鶴威をはじめとしたスタッフが調査した候補地の中から、竹鶴政孝が選んだ地は仙台・宮城峡。仙台の街から西へ約25km、山形との県境に近いこの地は、広瀬川と新川というふたつの清流に恵まれた緑豊かな峡谷です。竹鶴は初めてこの地を訪れた時、新川の清流で持っていたブラックニッカを割って飲み、味わいを確認。その場で蒸溜所建設を決定したと言われています。

富士御殿場蒸溜所

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富士の雪解け水が溶岩を抜け、地下の水脈を通り、湧き水となって還ってくる。
数十年とも言われる長い歳月をかけてろ過されてきた、富士の伏流水は、富士御殿場蒸溜所のウイスキーに、澄んだ味わいをもたらすマザーウォーターです。
ウイスキーづくりに適した上質の天然水を贅沢に使うことで、富士御殿場蒸溜所の原酒たちは、その生命の純度を高めていきます

海抜620m、年平均気温13℃、1年を通じて幾度となく発生する霧。
富士御殿場、水土野(みどの)の地にはウイスキーにとっての理想的な環境が揃っています。深い森に浄化された清らかな大気のもと、ゆっくりと穏やかに熟成をすすめる原酒たち。
雄大な自然の息吹を、その香りと味わいに溶け込ませながら、静かに目覚めの時を待っています。

秩父蒸溜所

羽生蒸溜所創始者の孫である肥土伊知郎が創業したベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所。2008年2月に稼働を始め、秩父の風土に根ざしたシングルモルトウイスキーづくりが行われている。

秩父蒸溜所は東京の北西約100km、埼玉県秩父市に設立された。ジャパニーズウイスキーであることに誇りを持ち、小さなミル、マッシュタン、ミズナラ製の発酵槽、スコットランド・フォーサイス社製のポットスチルで、ハンドクラフト(手づくり)にこだわりモルトウイスキーを生産している。

蒸溜所は市街地から車で30分ほどの小高い丘の上に建てられた。夏は高温多湿、冬は朝晩が氷点下にいたる寒さの厳しい環境だ。しかしその厳しい環境はウイスキーの熟成に多大な影響を与えると言われ、短い熟成期間にも関わらずフルーティでバランスの良いウイスキーが仕上がっている。

仕込みには天然のミネラルが溶け込んだ大血川渓谷水系の軟水を使用。また近年では地元埼玉県産の大麦を使い、小ロットながらフロアモルティングを始めている。
スコッチウイスキーの伝統的製法に習いウイスキー造りを行い、秩父の風土が生み出す独特の個性を確立させようとしている。日々、様々な樽を使い秩父に適した新しい個性を探求することにも余念がない。

現在の定番商品には、羽生蒸溜所の原酒と秩父蒸溜所の原酒をヴァッティングしたダブルディスティラリーズ、ワインウッドリザーブ、ミズナラウッドリザーブの3種類を主軸に、数量限定で秩父The First 3年、秩父The Floor Malted 3年、秩父The Peatedなどのシングルモルトもリリースされ始めている。いずれも国内外で高い評価と数々の受賞を誇り、世界のウイスキーファンから注目を浴び続けている。

国内ウイスキー蒸留所を巡る旅に出ましょう!

いかがでしたでしょうか。

国産ウイスキーは、近年海外からの需要が急増するほど、とても品質が高く人気です。

自分の好きなウイスキーはどのような場所で、どのようにして作られているのか。

是非、ご自身の目で見てみてはいかがでしょうか?

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